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2006年6月の優秀答案当選者5名: ★田中幸夫(横浜市)、★野崎彰一(岡山市)、田原千賀子(仙台市)、谷田実(奈良市)、美濃辺佐多(滋賀県) 「相手依存の自己規定の1」: 私がアメリカのある大学に滞在している時、日本から、友人の一人が、私の興味を持ちそうな話題を選んで新聞の切り抜きを送ってくれた。その中に、近ごろの中学生、高校生の悩みとして、「自分の心をすっかり打ち明けてとことんまで話のできる相手がだれもいないこと」が大きな比率を占めているという記事があった。学校の先生は悩みごとの相談に乗ってくれない。同級生は皆受験のライバルで、心を打ち明けることなど思いもとらないし、両親はただ勉強しろの一点張りで、話にもならない。自分はこの孤独にもう耐えられないというのである。私は、たまたま担当している大学院の講義が、日本人の自我の構造と言語表現の関係に触れるものだったので、早速この話を学生たちにして、どう思うかと尋ねてみた。驚いたことに、何人かの学生がおかしくてたまらないという様子で笑い出したのである。私が理由をただすと、一人が次のように答えた。私は、本当に大切なことは友人はもちろん親にも話したことがない。先生や他人と相当深くいろいろ議論はするが、それは自分の心の中にある大事な問題について自分で決定する手がかりを得るためであって、問題そのものを打ち明けることはしないし、ましてその解決を他人から教わろうとは思わない。個人が本当に個人である部分は、他人に言えない部分であって、それを明かすことは自分の存在を危険にさらすようなものだ。だから、何もかも心をすっかり打ち明ける他人がいないことで悩むなど愚の骨頂である、というような答えであった。私は少々唖然として他の者の意見をも求めてみた。女子学生の一人は、自分もだいたい同意見で、本当に自分にとって大切なことは夫にも決して言ったことがないと言う。そして自分以外の人間に、自分の本当の気持ちなど分かるはずがないと付け加えるのだった。 (鈴木孝夫) 参考訳文:依存于对方的自我约束之一:“这还是我在美国的一所大学里的事情了。一位朋友从日本给我寄来了一些我可能感兴趣的记事的剪报。其中有一条初中生高中生为什么而烦恼的记事:「没有能够让我痛痛快快地说出心里话的对手」的烦恼在所有的烦恼中占了很大的比例。学校的老师不跟学生们谈思想烦恼,同学们一个个都是考试的竞争对手,怎么也当不了谈心的对象。父母一个劲儿只叫学习学习,除此之外跟他们是对牛谈琴。我实在不能忍受这种孤独,等等。偶然地,我给研究生讲课的内容正巧接触到日本人的内心思想方法和语言表现的关系。我马上在课上问学生怎么看这条记事。令人吃惊的是,有好几个学生笑出声来,似乎觉得记事可笑得不能再可笑了。我问:“你们为什么笑?” 一个学生回答说:“我自己觉得真正重要的问题从来没对包括朋友在内的任何人说起过,哪怕是父母。虽然我跟老师或其他人深入地讨论过各种问题,但这只是为了获得自己如何来解决自己心中的问题的某种启发。至于问题的本身我并不想说出来。当然更没有想到让谁来帮助我解决这个问题。纯属个人的问题是不能说出去的。如果说出去的话就好似把自己置于危险之中,所以因没有痛快地说出心里话的对象而烦恼的人简直愚蠢透顶。”。对于他的回答我哑口无言。然后我问其他学生的意见。一个女学生说:“我的意见也差不多。我自己觉得重要的问题哪怕对丈夫也不说。”她又补充说:“除了自己以外当然没有任何人能够了解自己真正的心情。” (原文作者:铃木孝夫, 翻译者: 田中幸夫) |